『君の名は。』の新海誠監督、3年ぶりの話題作

2016年は本当に映画の当たり年だった。『シン・ゴジラ』があって、『この世界の片隅に』があって、『君の名は。』があった。

その『君の名は。』の新海誠監督が3年を経て送り出すのが、この『天気の子』。音楽もRADWIMPS。これは期待するなっていう方がおかしい。

島から逃げ出して、家出してきた少年『穂高』は、雨が振り続ける街新宿で、少女『陽菜』と出会う。陽菜には天気を左右する不思議な力があって、行き詰まった新宿の暮らしの中で、少年と少女はその力で生活を変えていこうとする……。

(以下、多少のネタバレを含みます)

新海ワールドの魔法はどこへ?

うーん、これが新海ワールド、世界系だと言われれば、そうなのかもしれないが、私はあまり引き込まれなかったなぁ……。

あまりに美しい風景描写と、少年少女。そして、ふたりの想いは、運命に左右され、世界を変えて行く……それが新海ワールドだと言えばそうなのかもしれない。でも、『君の名は。』にあった、日常からダイナミックに世界的な破滅に引き込まれてしまう仕掛け、『入れ替わり』という勝手だけれども、観客を考えさせて、謎解きの楽しみを味わわせてくれるギミックもない。

島から家出してくる理由も分からないし、少女が15歳でアルバイトして独り暮らし弟を養っているという設定にも無理がある。無理がある設定のまま、ぼんやりと『ちょっとお天気を晴れにできる』という能力によって、彼女がこの世から消えるか、大きなカタストロフが起こるか……という二者択一を要求される。ちょっと、私はおいてけぼりになった気分を味わった。

なんで雲の上にいるのか? なんで救って戻れるのか、なんで島に帰っちゃうのか、なんでなんで……と数多くのなんでを積み残したまま『新海ワールド』だから……で押し切るのはいくらなんでも無理がある。

雨に濡れてホテルは永遠の憧れ(笑)

もちろん、いいなっていう部分もある。小栗旬演じる須賀は、現代にあんまりいなくなった無責任で無頼でそれでいて若者にちょっとした可能性をくれるオトナだ。雨に濡れてホテルに転がり込むシチュエーションは若き日を思い出させてくれる永遠のレトリックだ。大人になった瀧くんと三葉に会えるという仕掛けもファン心理をくすぐってくれると思う。

でも、やっぱり全体として引き込まれない。筋が通ってないのは新海アニメとして普通だとしても、それを上回る引き込み力がないのだ。『君の名は。』で成功してしまって、いろんなことが難しくなったのだろうか?

何よりひとつ、納得のいかないこと

中でも一番納得いかないのは、気候変動を仕方のないこととして受け入れてしまう結論だ。

あらがうのではなく、若い人はその変化の中で生きてゆく強さを持っている。調和を取り戻せなくなってしまった壊れた世界で、今の若い人は生きていくんだ……というメッセージだとは思うがそれは到底承服できない。

地球温暖化は、我々の文明社会が引き起こした人災だし、産業革命からこちら掘り起こして燃やし続けた化石燃料の起した災厄だ。それを隕石の落下(それも何故か地球と太陽の間を通る軌道を回る)と同じ『受け入れざるを得ないもの』として描かれては困る。今からでも対応しなければ、寒暖の差は激しくなり、内陸は乾燥し、海辺の多くの大都市は水没し、海の生物の多くは死に絶える……かもしれない。そんなものを受け入れて先に進まれては困るのだ。

「『君の名は。』で怒った人たちを、もっと怒らせたい」と、新海監督は言っているらしいが、これは『君の名は。』を好ましく思った私も怒る。おとぎ話は好きにすればいいいが、現実問題をないまぜにしてねじ曲げられては困るのだ。

というわけで、『天気の子』は考えれば考えるほど、面白くもないし、承服もできない映画だった。たぶん、そもそも物語としての出来もよいとは思えないので、『君の名は。』ほどのヒットはしないだろうから、心配する必要はないのかもしれないのだが。

新海監督はやっぱりマイナーなスタンスでいた方が良い作品を作るのかもしれない。