クラシカルなテーマを現代的な映像で

タイトルに関しては異論のある人が多いとは思うが、それを差し引いても『フォードvsフェラーリ』は傑作だと思う。私としては、まだ始まったばかりの2020年だが、そのベスト映画の候補に入れたいと思っている。

’60年代という時代背景。ヨーロッパに対するというアメリカというコントラスト。挑戦する男達。組織と個人。大量生産と職人による手工業。マーケットインする男と職人肌。貧乏人と金持ち。挫折と栄光。あらゆるコントラストが鮮やかに描かれている。実にクラシカルな映画らしい映画だが、現代的な映像の美しさをもって描かれているところが素晴しい。

(以下、多少のネタバレを含みます)

荒れたアスファルトに舞う砂塵

なんといっても、素晴しいのが『古きよきアメリカンレーシング』が上手く描かれていることだ。

荒れた路面。ほとんどない縁石。路面を舞う砂ぼこり。その砂塵の彼方に見える、どこまでも広がる西部の荒れ地。大排気量V8エンジンに太いタイヤ。繊細で、お洒落なヨーロッパとは違う、ビビッドで、太いゴシックが象徴する各メーカーのロゴマークを中心としたデザイン。Snap-onとか、Essoとか、そういうやつ。

ピットロードにBPとかSOLEXとか、Firestoneとか、Goodyearとか、そういうロゴマークがあるだけでワクワクしちゃう。そこへ来て冒頭に出てくるのが、今でもクラシックレーシングマシンのレースなどでは伝説的な場所であるウィロースプリングス。フロリダのデイトナも出てくる。

乾いた空気にカッ! と超明るい陽が照って、オイルの染みのある粗いアスファルトに砂ぼこりが舞って、ガソリンの匂いがする。朝焼けの中、パンケーキを食べてサーキットに向かい。レースをして、喉が渇いて飲むエアストリーム型のキャンピングトレーラーの屋台から提供されるレモネードの美味いこと。夜は、ダイナーで硬ったいステーキとポテトにケチャップとマスタードをかけて食う。ビールを飲んで、クルマを運転して(昔はビールの1〜2本は良かった)ロードサイドの安モーテルに泊まる。そんな僕の中にあるアメリカンレーシングの雰囲気が完全に再現されている。

日本にはないアメリカンレーシングの香り

日本にはほとんど伝わっていないが、アメリカンレーシングというのはヨーロッパのレースとはまったく違う。

たとえば、富士や鈴鹿というサーキットはヨーロッパ風のレースに合わせて作られている。MotoGPにしてもF1 GPにしてもそう。世界中で行われているようでいて、『コンチネンタルサーカス』というぐらい、ヨーロッパを回るのが基本。

ヨーロッパのサーキットは、かの地に地形に合わせて、テクニカルなS字コーナー、ヘアピンコーナー、ストレート、高速コーナーなどを組み合わせて複雑な形状に作られる。富士も鈴鹿も、大分阿蘇も、TIサーキット英田も、筑波も、菅生も、ほとんどすべてヨーロッパ風のレースに合わせて作られている。

唯一違ったのが、栃木県にホンダが作った『ツインリンクもてぎ』。ここだけは、アメリカ的なレースができるようにと外周に深いバンクを持ったオーバル(楕円)コースが作られ、ヨーロッパ的なコースと、アメリカンなコース、両方を持ったサーキットとして作れられた。

とはいえ、結局日本には馴染まず、最終的に東日本大震災の時に生じたダメージを修復できなくて、今はこの外周のオーバルコースは使われていないのだが。草の根からやらないと、頂点だけ作っても……ねぇ。

かなならずしもオーバルコースだけではないが、シンプルなコースでスピードを競うのがアメリカのレースの基本。有名なのが、インディやデイトナのような400km/h近い速度を出せる深いバンクを持ったオーバルコースだが、郊外に多くの空き地というか荒れ地を持つアメリカでは、各地にシンプルなサーキットや、フラットダートのコースがある。それこそ、無限にあるといってもいい程だ。

さらに、アメリカだと街ごとにあるといってもいいぐらいたくさんある地方空港や、農道飛行場をクローズして、ストローバリア(干し草によるクッション)を並べて作ったコースでレースをしたりする。路面にバンクなんてないし、ほこりっぽいしでたいそう滑りやすいそうだが、そんなカジュアルな雰囲気もアメリカンレーシングの魅力だ。

劇中でもGT40の開発のために飛行場を走り回るシーンがあったが、まさにあんな感じで地方空港の端っこをコースにレースをすることもよくあるのだ。

アメリカンレーシングの秘めたる繊細さ

シンプルなコース……というと、雑なレースのように思われるが、アメリカンレーシングの楽しみは、その大胆さと、組み合わさる繊細さにある。

シンプルな同じコースを走り続けることで微妙な速度さが生まれる。たとえば、1周に0.5秒ずつ縮める。そうすると、10周で5秒先の相手に追いつくことができる。

ジリジリと近づくライバル。イン側とつくそぶりを何周か続け、わざと抜き損なう。何周かそういう動きをしながら、最後の一周、最後のコーナーでインに飛び込むと見せかけて、スピードに乗せて大外から抜き去る。そんな緻密な作業の組み合わせ、戦略がアメリカンレーシングのもうひとつの魅力だ。

ちなみに、PIXARのカーズや、スターウォーズEp1のポッドレースなども、まったくこのアメリカンレーシングのフォーマットに従っている。

シェルビーコブラ。もちろん知ってるよね?

そんな場所でレースしていた、キャロル・シェルビーと、ケン・マイルズが、フォードの要請を受けて、ヨーロッパに挑戦するというのがこの物語だ。このアメリカンレーシングとヨーロッパの相剋というのが分かってないと、この映画の面白みが伝わるのかどうか不安になる。

場所はル・マン。ヨーロッパのレースの中心地であるフランスだ。今だってF1を主催するFIAの本拠地があるのはフランスのパリ。そしてなぜだか知らないが、今も昔もフランス人は24時間走り続けたりする耐久レース大好きだ。戦う相手はフェラーリ。今も昔も(強い時も強くない時もあるが)ヨーロッパの最も格式高い自動車メーカーにして、レーシングチームだ。

キャロル・シェルビーはアメリカの有名なレーシングカーデザイナー。コンストラクターというか、チューナーと言った方がいいかもしれない。日本だと、なんだろう。クルマだパッと思いつかないのだが、バイクだとモリワキとかヨシムラみたいな感じ。

濃紺に白い太いストライプを縦に2本入れたシェルビー・コブラや、シェルビー・マスタングなどはご存じの方が多いと思う。いつの時代もアメリカンレーシングの象徴だ。これらを作っていたのがキャロル・シェルビーだ。もちろん、ケン・マイルズも、アメリカンレース好きなら、名前を聞いたことのある伝説のドライバー。

フォードが作ったGT40はその出自からして、ちょっとヨーロッパのクルマっぽい雰囲気をまとっている。なにしろ、ル・マンで勝つために作れたのだから、そこで戦えるフォーマットでなければならない。

しかし、その魂であるエンジンはもちろんV8。

アメリカ人の魂とも言える大排気量のV8エンジンの音がごろごろと響き(本当にV6やV12の方がバランスがいいのに、なぜアメリカ人はV8を愛するのだろう?)、スクリーンを所狭しと駆け抜けるこの映画は、アメリカンなクルマを愛する人にとっては、本当にこれ以上ない素晴しい映画だ。

ぜひ、劇場でご覧いただきたい。