幕之内一歩『引退・暴力事件・自首』の鬱展開

『はじめの一歩』といえば、週間少年マガジンに連載される押しも押されぬ少年マンガの雄。

いじめられっ子の少年『幕之内一歩』がボクシングジムに入って強くなり、世界チャンピオン目指して駆け上がっていくというスポ根モノ。現在123巻まで発行されており、総部数1億部近いという押しも押されぬレジェンドタイトルだ。

その一歩のストーリーが最近迷走しているのをみなさん、ご存じだろうか?

なんと、あの驚異的な強さを誇った幕之内一歩が、パンチドランカーと診断されて、引退。実家の釣り船屋を手伝いつつ、セコンドやコーチの真似ごとをしているウチに、怒りに我を忘れて、その強烈な腕力で一般人を殴ってしまい(ただし平手)、ついに警察に自首する……っという謎展開になっているのだ。

今回は著作権に配慮して、いらすとやさんのイラストをお借りしつつ、その謎展開についてご紹介しよう。

一歩はなぜ、『引退→暴力事件→自首』というルートを辿ったか

そもそも『はじめの一歩』はガチのスポ根マンガ。いじめられっ子だった一歩が、宮田一郎、千堂武士、間柴了、沢村竜平などのライバルと戦い、日本チャンピオンになり、さらに世界チャンピオンを目指す……という筋書きだったハズ。


迷走が始まったのは110巻。世界チャンプのリカルド・マルチネスには勝てないけれど、2位という位置づけのアルフレド・ゴンザレスにあっさりと負けたあたりからだ。

この頃から『一歩はパンチドランカーなのではないか?』という描写が執拗に登場する。

そして、静養してパンチドランカーの症状を抜いてからの復帰戦アントニオ・ゲバラ戦で、パンチドランカーの症状が決定的となり無残な敗北。幕之内一歩は引退を決意する(120巻)。

「えー! 引退!?」と思わせておいて、復帰するのかと思ったら、そこから単行本にして3巻以上、いまだストーリーは迷走を続けている。

実家の釣り船やを手伝ったり、ガールフレンドである看護婦の久美ちゃんとほんわかしてみたり(また、ラブコメ的要素が驚異的に下手だったりするからビックリ)。122巻ではジムメイトの木村のセコンドを務めてみたりと一向に話は本筋に戻らない。

そして123巻からは、河原で少年にボクシングを教えはじめる。昔から練習をしていた河原で出あったいじめられっ子の少年を助け、その少年に過去いじめられっこだった自分を投影し、ボクシングを教えようとする。しかし、その少年は「マンガ家になりたい」と、拒否られ、「強くなりたい」といういじめっ子の方にボクシングを教えることに。ボクシングを通じて更生させようとするのだ。


(この時点で、話はどこへ向かおうとしているのか、さっぱり分からなくなる)

そして、喧嘩にボクシングを使っちゃイケナイと言っているのに、(案の定)不良少年は喧嘩にボクシングを使い、さらに、一歩の師匠である鴨川ジムの会長からあずかった大事なボクシングミットをも雑に扱われ、一歩は怒りに我を忘れ、不良をぶん殴る(ただし平手)。

なにしろ、歴代のライバルたちを震撼させてきたハードパンチャーの一歩が一般人の不良少年を殴ったのだから、不良は雨の中、空中2回転ぐらいして、地面にもんどり打つ。


一緒にいた梅沢君(昔の一歩をいじめていた人で、今はマンガ家。いじめられっ子の方を預かっている)が、その場を取り繕い収拾。気絶している不良をおいて、その喧嘩相手に「様子がおかしければすぐに救急車を呼べ」と言いつける。そして、茫然自失状態の一歩を現場から引き剝がし、鴨川ジムの面々のたまり場である青木のラーメン屋へ。


そこで一歩は、ラーメンを食べながら「最後のラーメンなので味わって食べます」と。

「正直、平手だったか握りこぶしだったか記憶にありません。日本チャンピオンにもなったボクサーが一般人に手を上げるなんて、絶対に許されることではありません。自首してきます。」と言って警察に。


明るく元気なボクシングマンガだった、『はじめの一歩』が、なぜこんな陰惨なルートに。

このまま、『はじめの一歩』は謎展開を続けるのか? もう、読んでて、全然意味が分からない。

少年マンガの宿痾

そもそも、少年マンガには、『対決→訓練→強くなる→対決』の無限ループをたどらなければならないという宿命がある。さらに、人気がある限り、週刊連載が続くから、主人公は永遠に強くなる。

「友情」「努力」「勝利」をテーマにする少年ジャンプの『ドラゴンボール』なんて、拳法の勝負をしていたはずなのに、強い相手と戦ってるうちに、地球外生命体と戦ったり、天国で訓練したり、他の次元や、未来から来た敵と戦うことになってしまう。パンチ一発で惑星を吹き飛ばすなんて、お茶の子さいさいというレベル。

同じボクシングマンガでも、『リングにかけろ!』では、中学生のボクシングを描いているハズなのに、全国大会編で、天井近くまでジャンプしてパンチを放ったり、アッパーカットで天井まで選手が打ち上げられたりするようになり、世界大会編に到ってはパンチから出る風圧でリングロープを切ったり、殴られると競技場の窓を突き破って飛んでいったりするようになり、最後には発電所に入って必殺ブローを手に入れたり、フックの拳圧でそこに異次元が発生したりするようになるという異次元っぷり。

この連載辞められない結果のエスカレートは、もはやヒットした少年マンガの宿痾のようなものなのだ。

 

なんと、『永遠のライバル』と一度の試合してない一歩

で、一歩に話戻るが、まさか地球をぶっ壊したり、異次元に飛んだりすることができない一歩としては、連綿と続く話の中で、このままマルチネスを破って世界チャンピオンになってしまうと、そこで連載終了ハッピーエンドになってしまう。ゆえに、迷走していくしかないのだ。

それにしても、一歩の迷走ぶりはひどい。

セコンドや、コーチとして、もしくは釣り船やの主人としての第2部が始まりそうな筋立てだが、まさか、そんな物語で話が持つとも思えない。となると、物語を終わらせるのでなければ一歩は復帰せざるを得ないのだが、そんな徴候は1mmもない。

そもそも、まっとうなキャラの立ったライバルとも言うべき宮田一郎、千堂武士、間柴了、あたりとは、もう長らく戦ってない。

どのぐらい長らくかというと、スパーを除けば、沢村竜平と戦ったのが50巻ぐらい。それからは、タイ王者のジミー・シスファーとか、フィリピン王者のマルコム・ゲドーとか、インドネシア王者のウォーリーとか、登場した時にはガチライバルというよりは雑魚キャラにしか見えない連中としか戦ってない。

宿命のライバルとして描かれる宮田一郎となんて、プロになる前、スパーしたことがあるだけだ。つまり、宿命のライバルとプロになってから一回も戦わないまま123巻もマンガが続いていることになる。

もしかして?>もう少しなのに届かない1億部?

そりゃまぁ、マルチネスを倒して世界チャンピオンになり、宮田一郎と戦って決着をつければ、物語としては終わってしまう。看板マンガである『はじめの一歩』が終わってしまったら、少年マガジンはラブコメとか、巨乳マンガばっかりになってしまって、あの汗臭い風情がなくなっちゃうというのもある。

冒頭に『1億部近い』と書いたが、『はじめの一歩』『部数』で検索すると107巻時点で9400万部という資料が出てくるだけだ(マンガ史上14位)。それからは何の発表もないので、おそらく1億部に到達していないのだろう。あと600万部、なんとしても1億部に到達したい……という編集部と作者の思いが、この迷走を生んでいるのだと思う。

しかし、このまま引っ張り続けるのは、もっと苦しい。


いろいろな大人の事情はさておき。一刻もはやくパンチドランカー状態から立ち直り、復帰戦を果たし、マルチネスを倒し、世界チャンピオンになり、千堂武士、間柴了あたりを倒し、最後に宮田君と戦って物語を終えていただきたい。途中に二人三脚でやってきた鴨川会長が亡くなってしまうというようなエピソードぐらいは入ってもいいかもしれない。

みんなが読みたいのは、間違いなく、そんな『はじめの一歩』だ。

たしかに、『殴り合いのエスカレート物語』であるボクシングマンガをキレイに終わらせるのは難しい。『明日のジョー』は真っ白な灰になるし、『リングにかけろ!』は高嶺竜児も剣崎順も、なぜか菊までも幸せそうな笑顔を浮かべて死んでしまう。ちょっとギャグ風味もある『はじめの一歩』はそんな陰惨な終わり方ができないというのもあるだろう。

しかし、グイン・サーガのように物語未完のうちに作者が鬼籍に入ってしまっては、ここまで読み続けた人間としては本当に納得ができないではないか。お願いだから、作者と週刊少年マガジン編集部は、早急にパンチドランカーから立ち直っていただきたい。