いい映画だ。

人種差別を題材にしていて、アメリカの60年代の話。アメリカをクルマで旅するロードムービー。白人と黒人のバディムービー。面白い映画の要素が揃ってる。面白くないわけがない。

しかし、それだけでいいのか? いろいろ考えさせられる映画である。

(以下、多少のネタバレを含みます)

 

自分の中の人種差別と向き合うことになる

日本にいると、いわゆる白人による黒人に対する人種差別に直面することはあまりない。しかし、それはやはり根深いものだ。

考えてみて欲しい。日本にも中国の人や朝鮮半島の人を悪し様に言う人がいる。人種としては、ほとんど変わらない。ほんの近年に住む場所が分かれただけの人たちに対して、非常に口汚く悪し様にののしる人がいる。対して、白人と黒人の間では見かけ上の違いも大きいし、何より過去に大きなわだかまりのある歴史もある。アフリカ大陸から連れて来られて、200年以上に渡って奴隷として扱われてきたのだ。急に仲良くしろといってもそれは無理だろう。

ほんの何十年か前のことだ。お爺さんや、ひいお爺さんが、差別されたり、ひどい目に遭ったりしたという記憶を持つ人も多いだろうし、今でも差別を感じることも多いだろう。

私自身は、海外に住んだ経験もないし、それほど根深い差別に直面したことはないが、それでも ’90年代にアメリカ南部をクルマで旅行して片田舎のダイナーに入った時や、ヨーロッパを夜行列車で旅している時に、ドキッとしたことがある。差別される側としてもする側としても。そんな気持ちを思い出しながら映画を観た。

ザ・ロードムービー、ザ・バディムービー

歴史を遡ると、南北戦争で奴隷制度が廃されたのは19世紀半ば。奴隷制が廃され、そこから約100年が経っても、特に南北戦争で南軍だった地域(ルイジアナや、テキサス、ミシシッピなど)には’60年代にもあからさまな差別があった、黒人は入れないレストラン、トイレ、もちろんプールなど(そういえばアポロ計画で活躍した黒人女性を描いた映画『ドリーム』でも、黒人専用のトイレに行くのに時間がかかるエピソードがある)。

宿泊施設などももちろんで、黒人があからさまな差別を受けることがなく安全に、泊まれる宿や食事ができるレストランをリストアップした本が『グリーンブック』という本だった。

この映画では、天才的で、著名な高学歴な黒人ピアニスト、ドクター・ドナルド・シャーリー(マハーシャラ・アリ)に雇われて、粗野なイタリア人用心棒、トニー“リップ”バレロンガ(ヴィゴ・モーテンセン)が運転手を勤めて、まだ差別が色濃く残る南部を、2カ月に渡ってコンサートツアーに出かけた実話に基づいた物語だ。

最初は黒人差別の意識を持っていたトニーと、彼の無学と暴力性を嫌悪していたドクター・シャーリーは、険悪なムードで旅を始める。しかし、ドクター・シャーリーの天才的なピアニストとしての能力と、差別を受けても挫けず、しかし傷つく繊細で孤独な心に徐々に惹かれていく。また、ドクター・シャーリーの方も、粗野だが、自らの差別意識を乗り越えて人間味溢れる対応をするトニーに信頼を寄せるようになっていく。

物語を象徴するように明るいグリーンをしたキャデラックで、美しいアメリカの田園風景を旅しながら紡がれる物語は、まさにザ・ロードムービー。そして、黒人と白人、上品と粗野とあらゆる意味で真逆のキャラクターのふたりが演じるのは、まさにザ・バディムービーとても言うべき物語だ。

ちょっと洗練され過ぎている点は、2019年の映画だ

ちょっと気になるのは、物語が実話を元にしているとはいえ『良くでき過ぎている』ことだろう。実際の差別は、もっと激しく、汚らしいものだったと思うし、互いのやりとりも、ここまでクリーンではなかったと思う。

トニーがクルマの窓から捨てたゴミを、ドクター・シャーリーが叱って拾わせるシーンがあるが、私の記憶では’70年代の日本だって、普通に車窓からゴミを捨てていたし、 ’90年代のアメリカのロードサイドはけっこうゴミだらけだったから、そういう場面や、差別の描き方も『インターネットのある2010年代』の我々が見て深いじゃないレベルの描き方だったように思う。

たとえば、イージーライダーも同じような時期に、同じような地域を旅する映画ではあるが、あの渾沌とした雰囲気、暴力性、そして理不尽な終わり方のほうが、あの時代をよく表していたと思うのだ。

白人が粗野で、黒人が知的という、通常のステロタイプとは逆のキャラクターを当てはめているから、今でも放映できる物語になるが、これが黒人が粗野で、白人が知的だったら、そもそも放映できる物語にならない気もする。

イタリア人が人種的にアメリカでどういう風に扱われているのか私は知らないが、この主人公がイタリア人であるというのも、文化的に独特な意味がある気がする。第一次世界大戦の時はアメリカの味方、第二次世界大戦では敵だったし、イタリアンマフィアのこともあるし、この映画、そのあたりにも意味が含まれているのだと思う。

そういう意味で、もうちょっと深い意味、物語、『本当はどうだったのか?』が知りたくなるぐらい、ソフィスティケートされてはいるが、そのおかげで家族でも安心して観られるし、本当にいい映画として、誰でも勧められる傑作だと思う。