ヨドバシカメラの淀橋伝説後編です。
ヨドバシカメラの社名の由来については、検索すると知恵袋とかが検索上位に出てくるのですが、なんといっても本家本元・ヨドバシカメラ公式の発言を参照するのがいちばんたしかです。
ヨドバシカメラの社名は創業場所の地名に由来します。
いまの新宿、東京都庁がある辺りは1947年まで「淀橋区」という地名でした。
そこでカメラ販売を始めた当社をお客様が「淀橋のカメラ屋」と呼んでくださっていたので、そのまま社名にしたのです。
(写真は1970年代の新宿西口店です) pic.twitter.com/42F3tSWrvg— ヨドバシカメラ【公式】 (@Yodobashi_X) December 8, 2016
ということで、上記がオフィシャルの正解です。というか、屋上のヨドバシカメラの看板すごいですね。リーゼントばりに突き出てます。
ということで、どうせなら、この淀橋という地名の痕跡を、現在の新宿、それもできればヨドバシカメラのある新宿西口辺りで発見したいということです。
で、まあちょっと調べればすぐにわかることでした。淀橋の痕跡は、新宿エルタワーの駐車場入口の横にあります(要するに駅からだとエルタワーの裏手)。
名前は「淀橋浄水場趾の碑」。
ということでやってきました。たしかに、この場所はエルタワーの駐車場に用事でもない限りはそうそう通らない道ですわ。
ということで、こんな場所です。
上の写真で、ちらっと見えていますが、東京モード学園の裏手のふもととか言った方がわかりやすいかもしれません。いずれにしろ、ここは普通はなかなか通らない道です。
もう少し近寄ってみましょう。
ちょっと読みにくいので、以下に書き起こしておきます。
淀橋浄水場趾
この地は明治31年東京水道の創設時から昭和40年までの67年間首都給水施設の中心であった淀橋浄水場の正門あとです
浄水場の総面積は34万500平方メートルで、いまは新宿中央公園と11の近代的街区に生れかわっています
昭和45年3月 東京都水道局
つまり、ここが正門ということは、こっち側は見渡す限り、全部淀橋浄水場だったということです。
これは、淀橋浄水場すげえってことでもありますし、昭和40年以降の東京の水道事情は、この淀橋浄水場をもってしても、どうにもならないレベルになっていたということでもありますね。
なお、淀橋浄水場そのものや当時の水道にはついては、以下の記事などをどうぞ。