「テラシマユウカは裏切らない」
大抵、こんなものはヲタクのありがちな発言であってTwitterの濁流に飲まれていくべきものだ。だって、あらゆるアイドルヲタクは自分の推しこそはという気持ちで普段接しているに決まっているわけだし。
でも、あえて言おう。やっぱり、テラシマユウカは裏切らないと。そういう気持ちにさせてくれる人間なんだ、彼女は。
テラシマユウカは、GANG PARADEという10人組アイドルグループの一員。彼女がどんな経緯でどんな思いでアイドルになったかは、もはやここでは語るまい。OTOTOYやStroyWriterといったメディアにインタビューが大量に掲載されているので、そっちを読んでもらったほうが正確になると思う。
また、接触しなければわからない魅力についてはむしろここで語るべきではないと思っている。あらゆる言葉は、実際の接触の前では無力だからだ。
ぜひとも、現在開催されている全国ツアーやニューアルバムのリリースイベントにて体感してほしい。テラシマユウカは間違いなく、特典会に訪れた人間全てを虜にする。エデンの園にもしテラシマユウカがいれば、アダムとイヴはどれだけ蛇が狡猾に誘惑したとて、禁断を実を口にしなかったに違いない。そんなことよりも、彼女とのチェキ列に並ぶだろうから。
だから、ここでは言葉と写真だけで伝えられることだけを語ろうと思う。今回もまた遊び人の皆さんに珠玉のお写真の提供をお願いしたところ、快く応じていただいた。ここに感謝の意を表します。
まず、テラシマユウカを語るうえで、その文才について言及しないわけにはいかない。才色兼備とは、小野小町か彼女に与えられる賛辞と言っても過言ではない。
定期的に執筆されるコラムの筆致からは、基礎的な教養はもちろんのこと底知れぬ落ち着きを感じる。表現技法が上滑りし、筆者の気持ちが先行して読みにくいということがない。極めて読みやすい素直な文章だ。主役はあくまで映画作品であり、自分の文才をひけらかすことではないという自制が若くして効いている。不惑を前にしていまだ我欲を捨てきれない私などからすれば、爪の垢どころか爪ごと煎じて飲みたいと思うレベルだ。
こちらに関しては現在連載中の「今日さぼ」をご覧ください。
▼テラシマユウカの映画コラム-今日はさぼって映画をみにいく – StoryWriter
また、彼女はグループが抱える楽曲の作詞を多く担当してもいる。ギャンパレはメンバーが作詞することが多く、十人十色の個性を見てとることができるのも魅力のひとつだ。
テラシマユウカの作詞はとても遊び心に満ちていて、音楽の上で踊るように語感を楽しんだ歌詞を紡ぐのが特徴だと思う。洋楽のように聞こえる日本語詞というのは珍しくはないし、何語にも聞こえない歌詞というのも数多あるが、テラシマユウカの文章はそのどれでもなくて、非言語的なコミュニケーションのようでもある。
かといって、言葉を大切にしていないというわけではない。むしろ言葉の主人となってコントロールしている。
「I need you I love you I want you」においてはこれでもかと韻を踏み、「ペニンシュラ」は不思議な言葉遊びに聞き手を誘う。「fxxk your disco」おいては字面は意味不明なのに何故か心地よく、「Jealousy Marionnette」では皮肉めいた諦観を我々に提示する。一転して「Youthful Hero」においては、誰にでも伝わるストレートな表現で気持ちをぶつける。この表現の幅は、まさに才能の為せる技だと思う。
世を最も儚んでいるようで、私たちと同様に必死にもがき悩む様を隠そうとしない彼女のアンビバレントな世界観。それは、彼女にとって鎧でもあり足枷でもあるだろう「アイドル」という生き様と混ざり合って、強烈なメッセージとなって歌詞に現れている。
彼女の考えの深さにきっと私たちが思い至ることはできないだろうけど、そのメッセージを受け止められないほどヲタクだって弱くはないはずだと思う。
一見、クールそうに見えるルックスと凛とした佇まいに対して実はユーモアと愛情に溢れていて万人を魅力してやまない姿を、私は釣り師ではなく「罠師」と表現したい。気をつけろ、テラシマユウカには。捕まるぞ。
と、ここまで読んでいただいた皆様の中には、もうお前の文章はいいよと。「表現技法が上滑りし、筆者の気持ちが先行して読みにくい」のはお前だよと。そうお思いの方が大半だろうと思います。失礼いたしました。
では、遊び人たちが撮影した写真の数々を一気に、大量にご覧いただこうじゃないですか。その長身痩躯はステージで一際目立つけど、それでいて小動物的なキュートさも持ち合わせていることがわかっていただけると思います。あと、向こうが透けるような透明感です。これもわかっていただけますよね?いや、わかるに違いない。うん、わかれよ。
「テラシマユウカは裏切らない」
それは、私たちの期待に応えて、常にイメージを何倍も超えてくるということ。いつ見ても、その1秒前までの残像を彼女は忘れさせる。登場の瞬間に。パフォーマンスの刹那に。MCの一言一言に。そして、去り際でさえも。
勇気を振り絞って、自らが生きたかった世界を掴み取ったテラシマユウカは、きっと僕らを許しながら一緒に歩んでくれるはずだ。アイドルとしてではなく一人の人間として、僕らを心配し、僕らをいたわり、そして時に怒ってくれる。
大丈夫。
さあ、テラシマユウカに会いに行こう。
最後に
動くテラシマユウカもいいぞ。