3Mから学ぶその技術と私たちの生活のシリーズ。今回は3Mでもトップクラスの技術者である打矢智昭さんに、お話をうかがいました。

打矢さんの専門は広く言うならば化学、特に接着剤・粘着剤といった3Mの主力製品をささえる技術のエキスパートです。

開発に携わった製品で代表的なものは和紙を基材とした塗装用のマスキングテープ。日本でもシェアが大きく、世界的な流通においても日本の工場から原材料輸出をしているほどの製品です。

めったに表で語られることがない、世界を裏側からつなぎとめる接着剤とテープの話題をたっぷり聞いてきました!

和紙マスキングテープはこうして生まれた

ー「マスキングテープというと、3Mの創業時代に遡る伝説的な製品ですよね。1920年代に流行したツートンカラーの車の塗装を美しく仕上げるのに塗装工たちが苦労しているのをみかねて、リチャード・ドリューが自発的に開発したという逸話が有名ですが」

打矢「さすがにリチャード・ドリューに会ったことはないですが、ポスト・イットの生みの親のスペンサー・シルバーや、アート・フライは海外の会議で遠目に見たことがあります」

ー「それはすごい!」

打矢「いまも売られていますが北米のマスキングテープはクレープ紙という、ちりめんのようにしわくちゃになっている基材に粘着剤をつけたものになっています。塗装の現場では直線ばかりを塗るわけではありませんから、ある程度の伸縮性があるほうがいいためですね。しかし、日本ではこれがあまり好まれなかったのです」

ー「それはどうしてなのですか?」

打矢「日本ではすでにテープの基材として和紙が使われていました。これは土産物屋にあるようなクラフトペーパーの和紙ではなくて機械抄き和紙なのですが、薄くて、フラットで、でもある程度強度と伸縮性をもっているので好まれていたのですね。そこで、3Mでもこういう製品は作れないのか? というのが開発のきっかけとなって入社して初めて参加したプロジェクトになったのです」

ー「入社初のプロジェクトが、日本の3Mを代表する製品になったわけですね!」

打矢「日本でのニーズに答えるためにはいくつかの改良を行う必要がありました。まずはサイズです。アメリカでの3インチのサイズは日本人の手に合わないので、1インチに小型化を行っています。また、クレープ紙だと基材がでこぼこしているために、塗装の見切り線での仕上がりが少し汚くなってしまいます。これを防ぐために和紙を利用したわけです」

ー「しかし、和紙を使ったテープ自体はすでに当時あったのですよね?」

打矢「はい、しかし目に見えない改良点として、私たちはそれまで市場で一般的だったゴム系の接着剤から、世界で初めてアクリル系粘着剤を採用することで糊残りが非常に少ない和紙のマスキングテープを作ることができました。使うのが便利になったとお客様にも喜んでいただけましたね」

ー「目に見えない改善点が、製品の価値を大きく変えたというのは、接着剤ならではですね!」

打矢「また、製造方法も当時はおそらく世界で初めてだったと思いますが、環境悪化の原因となる溶剤をつかわないプロセスに切り替えることに成功しました。環境負荷が非常に低い製造方法が評価されて、3Mの当時のCEOから表彰されたことはとても嬉しかったです」

ー「これが社内外で大きな注目を集めたのですね。自動車の補修などではちょっとした手間が積み重なることが効率の低下につながりますから、糊残りがないといった、一見小さなことでも現場のひとにはとても大きな違いだったということですか?」

打矢「そうなのです。こうした点が評価されて、この和紙マスキングテープは当時もかなりのシェアを獲得しましたが、いまも3Mの社内では日本がソース・オブ・サプライといって、中国や欧州など世界の約20カ国に原材料を提供する製品となっています」

ー「テープは製品の特性上、みためはすべて同じに見えますが、そうして粘着剤の部分の見えない努力が世界的に評価されるというのは素晴らしいことですね」

打矢「実は、大手プラモデル会社が塗装用に販売しているマスキングテープにも、3Mのものが入っているんですよ。自動車塗装と溶剤の組成が違っていますし、家庭用であることを意識して独自の改良を施したものを新たに開発しているんです」

ー「それは知らなかったです。そんなところにまで、3Mのテープが!」

最近のトレンドは医療用途。変わりゆく治療の現場

ー「最近だと、どのような製品にかかわっておられるのですか?」

打矢「最近だと日本で開発しているのは医療用のテープです。高齢化が進んで、医療の現場で求められるテープもより肌にやさしいもの、より使いやすいものとニーズが高まっています。ところが肌に直接貼ったりするものですから、そこまで新しい粘着剤を使うわけにはいきません。そこでシリコーンを利用したり、テープの面における粘着剤の形状を変えるなどといった工夫をしています」

ー「ここにも、マスキングテープで培った経験が活かされているというわけですね」

打矢「そうです。また、医療用テープというとガーゼを留める用途などをお考えになるかと思いますが、別の使用用途として傷口に直接貼って治癒を促進するといったものもあるんです」

ー「傷口に直接ですか!」

打矢「テガダームという製品名のテープですが、テープ自体が滅菌してあって、傷に直接貼ったらあとは治るまでずっと貼りっぱなしという使い方をするものです。これは別のエンジニアが開発した、非常にユニークな、3Mらしい考え方で作られた製品です。ウレタン製の基材を使っていて剥がれにくく、水蒸気も通すように加工にも工夫をしています」

ー「粘着剤だけでなく、テープ自体の加工も含めてトータルに開発されるんですね」

打矢「ええ、たとえばこのテープをご覧いただくと粘着面が格子状になっているのがわかると思います。最初はこれを全面粘着剤にしていてそれでも水蒸気は通ったのですが、こうして格子にすることでより製品の付加価値を高めるといった改善はいまも続いているんです」

こんなところにも!?テープは世界を裏からささえる

ー「テープというと、昔ならばセロハンテープ、最近だとメンディングテープくらいのもので、普通のひとはそこで製品としての発想が止まってしまうと思うのですが、それが医療の分野にまで広がっているというのは意外でした」

打矢「携帯電話などでも最近はテープを使用しています。スマートフォンでも、日本のガラケー的なものでも、たとえば部品や液晶をつなぎとめる部分を昔ならば金具などをつかっていたり、接着していたものをいまはテープで支えているんです」

ー「液晶パネルなども!そういう発想はどこからやってくるのでしょうか」

打矢「やはり、開発におけるコストを突き詰めていった結果として、テープが選ばれるということが多いようです。たとえば生産過程で接着剤を使っていると、どうしても乾燥して硬化するまで時間がかかります。それはコストにつながるのですね。だから、使用していて脱落したりしないのならばテープでいいだろうといった判断が行われるのです」

ー「そういえば、似たようなケースとして、自動車の内装などでもテープが積極的につかわれているという話も聞いた覚えがあります」

打矢「テープの便利さというのは『隠れているところ』にあるんです。そうして隠れた場所で使われるケースはとても多いんですよ。たとえば新聞や製紙の現場ではテープがないと成り立ちません」

ー「製紙ですか?」

打矢「たとえば紙を作る際にコーティングを行うラインがありますが、そこでは幅9.8mの原反(ロール)が毎分1000mというスピードで流れていきます。でも一つの原反が終わったときにいちいち機械を止めるわけにはいきませんから、原反と原反のあいだを自動的にバチンとテープで留めてそのまま流していくんです」

ー「ひゃあ!機械の回転を速くするだけでは生産性が必ずしも上がらない場所に、そうしたテープが活躍しているんですね」

打矢「テープはそうした、縁の下の力持ちのような役割をもっていることが多いのです」

ー「わたしは以前3Mのイベントに参加したときに、建築の現場で釘やボルトを使わずに接合するVHBフィルムについて説明していただいたことがあって、これまでもっていた建築の常識がテープで変わってゆくことに鳥肌が立ったことがありました」

打矢「日本ではまだまだ建築の慣例があってまだ広がりが少ないですが、これも開発されて30年が過ぎている商品の分野、今後日本でも利用がふえてゆくとよいと思ってます」

ー「世界を裏側からつなぎとめているのは、テープだったんですね」

柔軟な開発をささえる3Mのスピリット

ー 「たとえば普通の会社ではある部門で研究や開発をしている人は、そこに専念して他にはなかなか出ていかないと思いますが、3Mではむしろ他分野との交流が盛んなようですね。それはどうやって可能になっているのですか?」

打矢「3Mにはもともと、社員が自分の興味あるプロジェクトのために時間を使うことができるカルチャーがあります。最初にマスキングテープを開発したリチャード・ドリューは研磨材が担当でしたが、出入りしている自動車工場で塗装工たちの悩みをきいているうちに本務のかたわらでマスキングテープを開発しました。それが「ブートレギング」あるいは「15%カルチャー」と呼ばれる、就業時間の15%を自由な研究開発に使って良いという企業文化につながったんです」

ー「その後、Googleやヒューレット・パッカードでも採用されて有名になった手法ですね。あえて社員に自由な裁量を与えることでイノベーションを促進するという」

打矢「それを会社の設備と人材ネットワークを使っておこなうことができるというのも大きいのです。また、3Mの社内でのメンター制度もあって、常に現場の技術者のもっている問題意識や技術を誰かが把握しています。グローバルな技術者のミーティングも年に一度行われますのでそこでポスター発表をしたり、月一で世界の拠点をつないだ電話ミーティングをおこなうなどといったことをします。そうして知識と経験を横糸でつないでゆくのです」

ー「個人の経験が世界につながるわけですね」

打矢「こうした交流を続けていると、メンターに当たる人に自分の仕事を知ってもらっていると、そうした人が配電盤のようになって『あのプロジェクトにこの人の経験が活かせるな』といったつながりを作ってくれるようになるんです。そうして、接着剤の専門家が、ヘルスケア事業で製品開発をおこなうといったことも可能になるのです」

ー「そうした、自分の専門外の部分へと開発をうながす仕組みというのはすごいですね」

打矢「とても力を必要とするものではあります。しかし、そうした人と人のつながりが製品づくりを支えているのです」

ー「なるほど、今日はありがとうございました」

技術者らしく、非常に謙遜している打矢さんでしたが、言葉の端々からはご専門とされている粘着・接着の分野における静かな自負と、見た目ではわからない接着剤の性能を基材の工夫を通して付加価値の高い製品に仕上げてゆく情熱を感じることができました。

模型を楽しまれる方や、日曜大工などで塗装をされるかたは、違いを知るためにも試しに 3M のマスキングテープを使ってみてください。テープはどれも同じではない。その粘着力と機能に隠れた3Mのスピリットを感じられるかもしれません。