クルマ好きなら。特に、アメ車、アメリカンレーシング、アメカジファッションなどが好きなら、絶対オススメなのがPIXERの作る『カーズ』のシリーズ。

子供向きだなんて思っちゃイケナイ。むしろターゲットは子供を連れてるお父さん。そうとしか思えない。

特に今回の『カーズ3/クロスロード』は、『大人の男』が絶対に直面する問題に対して、正面からガッチリ描いている。そして、クライマックスに向けて意外な、そして教訓に満ちた答えが提示される。

(以下、多少のネタバレを含みます)

世界には大きくわけて2種類のレースがある

ひとつは、日本人にも馴染みが深いF1を頂点とするヨーロピアンレースの世界だ。

高速コーナーから、ヘアピンコーナー、複合コーナー、S字コーナーなど、さまざまな複雑なコーナー組み合わせた周回路を走って競争する。

もうひとつは、楕円やそれに近い、いわゆるオーバルコースで競われるアメリカンレーシングの世界だ。

NASCARや、先日佐藤琢磨が優勝して話題になった(日本ではその価値ほどには話題にならなかったが)インディ500などがその頂点だ。本格的なコースのコーナーには深いバンクが設けられ、非常に高い速度でのレースが可能になっている。

日本では『ツインリンクもてぎ』が、このヨーロピアンスタイルと、アメリカンスタイルの融合を目指して、両方のサーキットを重ねたカタチで作られた。

しかし、やはりアメリカンレーシングは日本では盛り上がらず、今、もてぎのオーバルコースは閉鎖されて、使われず巨大な遺構と化している。

アメリカンスタイルのレースは、『同じところをグルグル回って退屈』と日本人には不評なのだが。同じところを高速で回り続けるからこそのテクニック、微妙な互いの駆け引き、マシンの消耗を防ぐデリケートな戦いが魅力なのだという。

『カーズ』のシリーズは、このアメリカンレーシングの世界を舞台にしている。

4輪でも2輪でもアメリカ中でオーバルトラックでのレースは行われており、ローカルでは土のコースを使った、フラットトラック、ダートトラックのレースもたくさん開催されている。

ダートのレースは比較的低い速度域で、オーバルレースならではの駆け引きが楽しめるので、それほどの技量、設備がなくても安全だから、アメリカ中で広く楽しまれている。劇中に登場するような8の字型のコースを使った、クルマの潰し合いのようなローカルレースも実存するらしい。

アメリカンレーシングのカッコ良さ、分かる?

アメリカンレーシングには独特の『カッコ良さ』の文化があり、伝統がある。

マシンのカラーリング、レースナンバー、スポンサーのロゴタイプなどをカッコ良く描くのもそう。そこへのこだわりぶりは、ヨーロピアンのそれとはまた別種のもの。大文字小文字合わせても52文字しかないからこそ、いろいろなフォントデザイン、タイポグラフィが生まれ、それがひとつの文化となっている(エンディング・ロールの左右に流れるロゴデザインにもいその文化がよく表れている)。

カーズの最初のエピソードで描かれた、ルート66の世界にも独特なカッコ良さがある。

ピンストライプやレタリング、クロームメッキのパーツなど、クラシカルなアメリカのモータリゼーションは、これまた非常にカッコいい。日本で分かりやすく言えば、所さんの世界だろうか。

そんな世界観を、ちゃんとディフォルメして描き切っているところが、カーズがなんとも魅力的なところで、それは本作『カーズ/クロスロード』でも変わらない……というか、さらに魅力を増している。

今作の注目点は、3Dレンダリングの性能向上で、モノの表面のさまざまな光沢を描き分けられるようになったことだろうか?

ツヤ消しから、セミマット、光沢、ピッカピカの光沢、写り込むようなクロームなど、クルマ好きにとっても大事な質感が描き分けられている。さらに、泥や砂、ちぎれ飛ぶタイヤカスなど、不定形なものの描写もすごく巧みになっている。

主人公、ライトニング・マックイーンにしても標準のフラットな赤ベースのカラーリングに、1作目のクラシカルなキャンディ・レッドにホワイトリボンタイヤのスタイル、本作途中からのクローム・ラップ仕様、そして最後に登場するドック・ハドソン風の紺色ベースのビンテージカー風カラーリングといろいろなカラーリングを施されるが、どれもアメリカン・レーシング、モータリゼーションの『スタイル』を本当によく分かっている人がデザインしていて、うならせられる。

このあたり、本当に大人のクルマ好き、アメ車、アメリカンレーシングカーの文脈を知っている人にはたまらない作りになっている。

後輩に仕事で追い越されたサラリーマン号泣

さらに、この映画の主題『クロスロード』は、40~50歳になれば誰もが痛感せざるを得ないテーマ。

会社で仕事していれば、数年若いヤツの方が上の役職についてしまったり、自分が一番だと思っていた仕事をもっと簡単にやってしまう若者が現れたりするものだ。

もしくは、自分が大切だと思っていた行程自体が時代遅れになっていったり、以前は平気でこなせた仕事が、体力的に不可能になってきたり。

まったく同じようなことが、主人公のライトニング・マックイーンの身に起る。今回の敵役である『次世代レーサー・ジャクソン・ストーム』はまったくいけ好かないヤツだが、シンプルな実力でライトニング・マックイーンを易々と追い越していく。そればかりか、同じような『次世代レーサー』たちに次々に追い越されていく。

一般的なストーリーだと、鍛練を積み、パワーアップし、新世代の奴らにはない旧世代の精神性みたいなもので打ち勝ったりするのだが……カーズ3/クロスロードでライトニング・マックイーンがどんな結論に達するかは……まぁ、見てのお楽しみということで。

カーズ2は世界に飛び立ってちょっと子供っぽくもなったけど、3はむしろ純然たる1の続編というか、子供っぽいキャラクターの中に『お父さん』をうならせる主題を埋め込んでいる。

強いて言えば、ジャクソン・ストームのキャラが、ちょっと嫌味ではあるけれど単なる高性能マシンだというところが食い足りなかったかな。ジャクソン・ストームのキャラクター造形にはもうひと味あっても良かったかも。おじさんとしては、そう思う。

アメリカンレーシングに詳しければもちろん。そうでなくても40~50歳代のお父さんたちにはグッさりと刺さる作品だと思う。

小さな子供たちにどういう風に受け取られるのかは……よくわからないのだけど。映画館の周囲の座席を見回すと、それなりに楽しんでいたようには思う。

しかし、間違いなくお父さんが家族に『見に行こうぜ』と誘う映画だし、お父さんは十分に満喫できると思う。それは間違いない。